ゲキマン 2



 探し物はなんですか?
 見つけにくい物ですか?


軽快な音楽と共に井上陽水の声が東ホールの高い天井に響き渡る。


探し物?
…そんなものはとっくに見つかっている。



ひっきりになしにやってくる友人知人、そして来ないときは全く来ないのに、来るとなると連続して人だかるほどになってしまう客。その間を縫って、交代で買い物や挨拶をしたりしてるうちに気づくと回りのサークルが撤収を始めていた。
「ヤマトが混まねーうちに俺たちもかたすとすっか」
宍戸が伸びをしながら、隣で跡部の本を読みふける鳳に声をかけた。
「そうですね。でも結構みんな帰るの早いですね」
「明日もあるしな」
机の下からダンボールを出し、いらないチラシを分けていく。
鳳も立って、ゴミをまとめた。
「俺も昔は3日間とか平気で参加できたけど、さすがにもうそんな気力ねーな」
「そうなんですよね。欲しい本はあるんですけど…」
「そのためにわざわざ行けるかってのはまた別だよな。他にもイベントはあるし、また機会あるだろって」
残った本をダンボールにつめながら、宍戸は笑った。
「それを忍足が『もう情熱ないんちゃうか?』とか言いやがんだぜ?ちげーってんだよな」
「なんていうか…気力に身体がついていかない?」
そうそう、と宍戸が同意すると鳳も一緒になって笑う。
「年々ムリしなくなるもんな。でもそれが情熱ないってのとはまた違うんだけどなぁ」
「忍足さんはすごいですもんね。この前だって…どこでしたっけ?」
「あー京都だか、兵庫だか。『聖地巡礼や』とかいって、回ってそのまま夜行で戻って仕事。そんでその週末にコピー本出してんだからバカだよなぁ」
もらった差し入れや、敷き布、本をつめてガムテープで封をすると、それを持ち上げた。
「じゃ、ちょっと出してくるわ。わりーけど荷物頼む」
「はい。…あ、宍戸さん」
「なに?」
ダンボールを抱えたまま、宍戸が振り向くが、鳳は口を噤んだ。
「…いえ、なんでもないです」
言いたいこと、聞きたいことは山のようにある。でも、まだ聞けない。
外は中より暑いのだろうか。昼ごろ一度外に出たときは日差しは強いが、微かに風が抜けていくときもあった。
でもここの風は海風だから、ちょっと湿ってて、あまり当たるとべたべたするんだよね。
鳳はシャッターの下から外に出て行く宍戸の背中を見ながらぼんやりと考えていた。


宍戸が宅急便の搬出から帰ったときにはかなり周りのサークルも帰宅していて、寂しいブロックになっていた。
「お疲れ様です。混んでたみたいですね」
「あー。ヤマトってその場で計って、その場で精算だから、列の長さの割りに進みが悪ぃーんだよな。精算が別ブースなペリカンとどっちがいいんだろうな」
「そういえば昔、フットワークもありましたよね」
「『手荷物なら手で運べ』ってやつ?」
「はは、ありましたね、そんなの。それはパロディですよね」
ゴミも捨てて、最後に近くの知人たちも挨拶をしてきて、イスもたたみ、あとはもう帰るだけだった。
聞いていいのかわからないが、どうしても我慢できず、鳳は聞くことにした。
「…ホントに跡部さんたちのところに行かなくていいんですか?」
どうやら今日の帰りの打ち上げに、跡部から誘われているというのは話で聞いていた。
跡部の打ち上げならおそらくどこか都心の店を予約して、それなりにいい店でやるのであろう。
宍戸がそれに行きたいのか行きたくないのかわからないが――このまま自分とそのへんの店で飲食していいのだろうか。
自分はそれでも構わない、むしろうれしいが、宍戸はどうなのだろう。
「あ?跡部の打ち上げ?行くかよ」
「でも…」
宍戸は少し憤慨したように歩き出した。それに慌てて鳳はついていく。
「跡部とか樺地だけなら俺だって行ってもいいけどよ、他にいるやつら全然知らねーやつばっかりなんだぜ?あ、俺は知ってるけど。名前だけな。跡部の大手の知り合いばかりらしいから。向こうは俺のことなんて誰も知らねーって。いくら跡部の友達だとか紹介されてもさ、そんなの居心地よくねーだろ」
それでもそんな場に宍戸を誘った跡部の思惑もきっと何かあるのだろう。
「お前知らないだろうけどな、跡部って本が何冊売れたとか数えてないぜ」
「え?」
意味がわからず、鳳は聞き返した。
「ダンボールで何箱はけた、だいたいこれくらいって感じだよ。売り上げだって、でっけえ袋に札バンバン入れてくんだ。勿論、細かい計算や在庫とのつきあわせなんてしねぇ。そんでその袋を持って、打ち上げに行くんだよ。勿論、何万てかかる会計を全部千円札で払ってな。あとはそこから手伝ってくれたやつらに3万くらいずつ渡すんだ」
宍戸は鼻で笑いながら話を続ける。
「わかるだろ。俺たちとは世界も価値観も違う。…同じ場所で、同じ絵や文を書くってことをやってても全然違うんだよ。そんなやつらが何人も集まる場所で話す話に俺が付いていけるわけねーだろ」
宍戸は怒っているようだった。跡部とはそういうことは関係なしに確かに友達なのだろう。自分たちの立場や、やっていることを考えず対等に話せる数少ない相手のはずだ。ただ、考えず、関係なく、と排除している部分を明確に突きつけられる瞬間というのがないわけではない。それが大きいイベントだったり、周りの人間たちの言動や態度だったりするのだろう。 鳳はあまり跡部に対して、宍戸がここまで考えていることを言うことを聞いたことがなかったのでかなり驚くと同時に、ここまで言わせてしまった自分に落ち込んだ。
「…すいません」
「何でお前が謝るんだよ」
宍戸も少しヒステリックになりすぎたかと少し冷静になった。
「俺は跡部は友達だと思ってるし、あいつの描くものもあいつ自体も嫌いじゃねーよ」
ずき、と胸が痛む。鳳は少しだけ顔を歪めた。
「けどよ、そういう場所で背伸びして大手に混じって平気な顔すんのも、そういうやつらを上に崇めてへつらうのも…俺にはできねぇし、したくねぇんだよ」
不器用な人だ――と鳳は思った。
恐らく自分なら、きっと跡部の誘いについていき、しかも周りにもそれなりに話を合わせることはできるだろう。
そういう人たちからでないと聞けない興味深い話というのも聞けるのかもしれない。
けれど。宍戸は違うのだ。そういう交友関係を持ちたいと思ってるわけではないのだ。
一人きりで全てやっていけるほど、この趣味はストイックなものではない。
ただ。あまりに今の自分に満足せず、上を見ているばかりに…。
「どうする?」
宍戸は立ち止まった。
気がつくとやぐら橋のところまで来ていた。
「…行きます。宍戸さんと打ち上げ、したいです」
「そっか…じゃありんかい線な」
遠く見える東京国際展示場駅を指差して、宍戸は歩き出した。




To be continued...