「鳳とやるんやて?」
丸眼鏡の奥の目を光らせながら忍足が笑っている。
こういうときの忍足はだいたいにして、宍戸をからかい続ける傾向にある。
宍戸はどうにも友人たちからはからかわれやすい対象で、本人もわかってはいるんだがどうにもならないことなのでそのままにしている。友人たちも引き際がわかっているので、宍戸を怒らせるまではからかうことはほとんどないが、それでもいつも怒らせるギリギリまで追い込んでしまうのが唯一忍足という男だった。
宍戸はいつもよりしつこくなる雰囲気を察して、眉間に皺を寄せた。
「…なんでもう知ってんだよ」
まだ誰にも言っていないはず。まさか鳳が…と思っていたが、鳳もそのように先走る人間とは思えない。
いぶかしむ宍戸の顔を面白そうに見つめて忍足は話し出した。
「そんなんな、俺の情報源はハンパないて自分も知っとるやろ?話そらそうとしても無駄やで」
「めんどくせぇな…」
二人は宍戸の家の近所のファミレスに来ていた。
長時間おたく話を外で落ち着いてするにはもってこいの場所だった。
コーヒーのおかわりだけで長時間過ごせる空間というのはとにかく魅力的だ。
原稿や雑誌、パソコンを広げても問題のない角にある広めのボックス席を陣取って、夏コミの後日談や冬の申込み、友人の噂話、それらをだらだらと話している最中に忍足が急にこの話を切り出してきたのだ。
「なに、どしたん?心境の変化?」
「なにがだよ」
「だって宍戸が人と組むなんてそら…一大事やで」
「おおげさな…」
宍戸はうんざりした顔でアイスコーヒーに口をつけた。
「教えろやって。なぁ」
今日の忍足は本当にしつこい。
「…方向性が一緒つか、そんなとこだろ」
一瞬の間があいて、目を大きく開けた忍足が大きく手を叩いた。
「方向性!方向性やて!宍戸の口から方向性とか出よったで!」
「……」
宍戸は無言ではしゃぐ忍足をにらみ続けた。勿論忍足はそんなことを気にする様子はない。
「自分と鳳は方向性なんて全然ちゃうやろが」
ひとしきり笑ったあと、少しだけ落ち着いた忍足がさきほどより真面目な顔をしている。
「…うるせぇな…いいだろうがなんだって」
「いやこれは大事なことやで?」
「岳人が別のやつと組んだときだってそんなに騒がなかったくせになんだよ…」
「それは宍戸やからやな」
「わけわかんねー」
すでに氷だけになったアイスコーヒーをすする音が響いた。
「好きなんやろ?」
「…なにが」
「鳳のこと」
「……」
宍戸の肩をばしばしと叩いて何かを話そうとした宍戸の声を遮った。
「ええねんええねん、みなまで言うな。おっちゃん全部わかっとる、わかっとるでー!うんうん」
「…ホントうぜぇな…お前」
「…真顔でそんなん言うなや。おっちゃん傷つくがな」
勝手に一人で盛り上がって、勝手に一人で納得した忍足はもうそれ以上その話を続けるつもりはないようだった。
「なんでもいいけどよ…あんま人にいいふらすなよ。…まだ自分でもどうなるかわかってねーんだし」
宍戸はとりあえず忠告しておいたが、相手が相手なのでどうにも信用はできない。
「ん?さっき自分がトイレ言ってる間に岳人にメールしてもーたで?音速を凌駕するスピードでな。あ、これは謙也の口癖やったわ」
「…マジかよ…」
宍戸は頭を抱えた。
メール魔の岳人に情報が流れたとなってはもう手遅れだろう。今頃、ほとんどの友人知人に回ってしまってるのではないのか。
「まぁええがな。遅かれ早かれいつかはばれてまうもんや」
「それにしたってよ…」
それより、と忍足は話を変えた。
「あれ、もってきてくれたんか」
「あぁ…これな」
宍戸はトートバッグの中から一冊の本を出した。
それは学校の背景素材集だった。
「お前パソコンで全部やってんじゃねーの?」
「ん?まぁだいたいはな。でも生の資料っつーのもあった方がええと思ってな」
あんまソフトにええ角度の資料ないねん、と言いながら宍戸から手渡された本をぱらぱらめくった。
「さすがに今さら学校に写真撮りにいけへんしなぁ…」
「速攻で捕まるだろうぜ、お前」
「まぁ言い訳はでけへんよなぁ…描いてるもんもあんなんやし」
忍足は本を自分のバッグにしまうと少しだけ声を潜めた。
「な、宍戸はこっちに来る気ないのん?」
「こっちって」
「美少女系」
「…あんま興味ねーな…」
やはりそれか、と宍戸は軽くため息をついた。
「えぇ~、自分と鳳の絵なら全然こっちでもイケるんやけど」
「イケようとイケなかろうと無理だって」
「なぁなぁ、澪かわいない?咲夜かわいない?」
「…かわいいとは思うけど、よぉ…」
「前は結構女の子キャラいっぱいかいてたやん。何であかんの」
「俺、あんまり自分の描く女好きじゃねーんだよ…かわいく描けねーし」
「そんなことないけどなー…。それともアレ?エロ描きたくないってやつか?」
「…うん、まぁそだな。それもある」
「裸とか顔がエロく描けるなら問題ないねんけどなー」
「だからそれがムリなんだって」
「ま、そこまで言うならしゃーないけどな」
忍足は伸びをして肩や腕の関節を鳴らした。
そのとき宍戸のカバンの中の携帯が微かに震える音がした。
もう冷やかしのメールかよ、と宍戸が携帯を取り出しフリップを開けて中を確かめた。
「…なに。メール?」
「あぁ…」
宍戸は急ぎ内容を一瞥するとそそくさとまた携帯をカバンにしまった。
「へぇ…ふーん、ほぉおお」
「…なんだよ」
忍足が腕組みをしてニヤニヤと宍戸の顔を見つめていた。
「相方からメールやろ。へぇええ、そうなんや」
「…!何でわかんだよっ!!」
「宍戸はホンマわかりやすいなぁ…」
顔が熱くなるのがわかる。またからかわれるとわかっていても止められない。
「ええねんええねん、今が一番楽しいときやもんなぁ。ほらほらとっとと返事してやり。即レスしたら喜ぶで鳳も」
手をぱたぱたを振って、促す忍足にまた恥ずかしさが増してくる。
「いいんだよ返事は。またあとでするし」
憮然としたまま携帯を出しもしない宍戸を忍足はまだ面白おかしく見ていた。
深夜になり、深夜料金払うのもしゃくやし、と忍足が言って解散になった。
とぼとぼと自宅へ帰る道のりで宍戸は携帯を開けた。
From 長太郎
Sub こんばんは
―――――――――――――
この間言ってた冬に向けての
打ち合わせはいつにしますか
?
俺は土日ならいつでも構いま
せんので宍戸さんの好きな日
にしてくださっていいですよ。
でもできるだけ早い方が後が
楽ですよね。
歩きながら宍戸は返事を打った。
「俺もいつでもいいし、早い方がいいと思う。来週末でどうだ?」
すぐに送信ボタンを押した。
深夜の暗闇に光る携帯がしばらくして、光を落とす。
9月に入って、夜は少しだけ涼しくなったようだ。まだ昼間は夏の暑さを残してはいるが、そろそろ秋の気配も感じる。
それにしても夏ってあっという間だったよな。
7月に原稿を描いて、入稿して、夏コミの準備をして参加して…。
あっという間に8月も終わっていた。
毎年毎年こんな夏を送ってもうすでに何年になるだろう。
宍戸は自宅のハイツについて、バッグの中から鍵を探しているとポケットに入れておいた携帯が震えた。
鍵を探すよりも先に携帯を開ける。
From 長太郎
Sub Re:こんばんは
―――――――――――――
じゃあ来週末で。
宍戸さんちでいいんですよね?
楽しみにしてます。
おやすみなさい。
宍戸は「はぇーよ…」とつぶやきながら、画面を見つめた。
点灯が消えた携帯の画面に映った顔は笑っていた。
|